「幽霊」(江戸川乱歩)

明智のメンタリストぶりが見物なのです

「幽霊」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第1巻」)光文社文庫

「死んで幽霊となって
復讐を果たす」という
辻堂からの脅迫状が届き、
平田氏は神経衰弱となる。
平田氏は転地療養するが、
そこに辻堂の影が忍び寄る。
恐怖におののく平田氏を
助けるかのように、
見知らぬ青年が
話しかけてきた…。

この青年こそが明智小五郎であり、
本作品は明智小五郎シリーズ
第4作にあたります。

表題のとおり、
平田氏の命を付け狙う辻堂は、
確かに死んだはずなのに、
幽霊となって
平田氏の周囲に現れるのです。
ノイローゼとなって転地療養した先にも
現れ、彼は窮地に陥ります。
そこを救うのが
若き探偵・明智小五郎なのです。

本作品の味わいどころの一つは、
もちろん復讐鬼・辻堂は死んだのか
生きているのかという謎です。
辻堂の影が映りこんだ写真、
死亡を証明する戸籍謄本、
幾たびも現れる辻堂とよく似た人物。
あたかも幽霊が跋扈しているかのような
状況です。
若き明智小五郎は、
辻堂の幽霊が現れる場所に、
ある共通点があることに気付き、
捜査を開始します。

しかし、初期作品だからでしょうか、
その謎解きやトリックの設定に、
いささか魅力に欠ける点が
あるのは否めません。
写真については偽造の説明が
おざなりになっている上、
戸籍謄本の謎についても
拍子抜けの感があります。
練りに練った設定とは
なっていないのです。

さらに、事件解決が一瞬のうちに
なされるのもいただけません。
平田氏から事件のあらましを
聞き取った明智は、数日後、いきなり
解決した旨を伝えるのですから。
「ゴメイサツノトオリ」という
友人からの電報を見せ、
平田氏を納得させるのですが、
読み手の胸には
すとんと落ちてはきません。
そもそも犯人の身柄を拘束できるような
「友人」とはどんな存在か?
電文は「シヨチサシズコウ」
(処置指図請う)と続くのですから
警察関係者ではないでしょう。
ある意味明智以上の捜査能力を持つ
「友人」がいるのは何とも解せません
(まさか小林少年?)。

本作品執筆数年後、乱歩自身が
「つまらない作品」と評したように、
難点の多い作品ではありますが、
味わいどころはもう一つあります。
颯爽とした若き明智小五郎の
人物像そのものです。
明智が平田氏に接触したのは、
同じ旅館に宿泊していて、
彼の様子の異変に気づいたからです。
何気なく接触し、
平田氏の口から全てを聞き出す
巧みな心理術。
「心理試験」でも明確となった
明智のメンタリストぶりが
見物なのです。

こうして「D坂の殺人事件」「心理試験」
「黒手組」そして本作品、さらには
次作「屋根裏の散歩者」と続く中で、
事件を漁る男としての
明智小五郎像が確立していったのです。
5つの短篇によって
名声を高めた明智小五郎は、
いよいよ次には長編作品「一寸法師」で、
その地位を
確固としたものにしていくのです。

(2020.4.12)

PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像

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